2012/11/04

 

歴史散策⇒水木城跡

藤崎町の藤崎城跡など町内数ヶ所を周り、国道7号線を浪岡に向った。天気は少し回復していたが、それでもこの天気で、この時期ならば、3時半を過ぎれば、写真を撮るのが困難になることも考えられる。夏泊半島にも行きたかったが、今回は無理だろう。それでもせめて三内丸山遺跡まではたどり着きたかった。

浪岡は、勿論南北朝期に活躍した北畠氏が落ち延び、支配した地である。浪岡への途中、時間を気にしながら北畠一族の居城だった水木城跡に向った。

見当をつけていた地は一面のリンゴ畑だった。農道に入り車を停めて、リンゴ畑で作業をしていたおじいさんに尋ねると、ラッキーなことに、まさにこの地がその城跡だという。さらにご親切に、作業を止めて案内説明していただいた。

この方の畑の周囲に、連続した窪地が続いている。水堀跡だ。以前は水田で堀の様子が残っていたというが、今はリンゴ畑になっている。おじいさんに教えていただかなければ見落としただろう。おじいさんは「堀のままにしておけば良かったのに、リンゴを植えても良いリンゴは出来ないのに」と残念そうだった。

おじいさんの話では、この地の城主は、浪岡の北畠氏宗家に叛旗を翻したが、徹底的に制圧されたという。そして、この地から見える、広々と広がるリンゴ畑の先の林や集落を指差しながら、「あそこに落ち延び、そこからあそこまで逃げ…」と、450年ほど前の話を昨日の事のように教えてくれた。この地の方々には、北畠時代の歴史が生きているのだ。

私は「歴史家」ではない。しかし私の旅の目的は、このおじいさんの中で生きているような「歴史」を伝えることだということを改めて思った。

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