2012/07/10

 

歴史散策⇒海軍大湊警備府跡

現在の海上自衛隊大湊地方隊の地には、かつては海軍大湊警備府が置かれ、津軽海峡や、アリューシャン列島などの北方海域を作戦海域としていた。

かつて、キスカ島撤退作戦を描いた映画「キスカ」を観て感動した覚えがある。その作戦を成功させたのは、この地にあった大湊警備府の艦隊だった。昭和18年、アッツ島が玉砕し、キスカ島は制空権も制海権も完全に失った中での撤退作戦で、奇跡の作戦と言われているものだ。

南方に展開し、華々しく戦い敗れていった艦隊とは異なり、非常に地味な艦隊で、撤退作戦という表に現したくない作戦で、太平洋戦争後半唯一ともいえる作戦成功だった。

遠くに見える自衛艦を目指して、国道338号線から東の海のほうに降りていくと、数隻の自衛艦が停泊している。停泊している艦船の名称やその役割などは私は詳しくは知らない。しかしどの艦船の姿も、その機能を究極まで追及したものだろう、自衛艦独特の美しさを持っている。できるだけ近くまで行って写真を撮った。

奥には、小型の、掃海艇らしい艦艇や作業のための艦艇らしいものも停泊していた。それらの艦艇は、自衛艦と比べてやや無骨で地味ではあるが、個人的にはそれらの艦艇の姿が好きだったが、近くには行けないようだった。

港の沖に、南北に伸びる松林があり砂州があるようで、それが防波堤の代わりを果たしているようだ。港を離れ、釜臥山のスキー場の近くに上り、港を俯瞰し写真を撮った。

この地には、かつての将校のためのサロンの「北洋館」があり公開されている。自衛官の方に親切に案内いただき写真を撮らせていただいた。時間は午後4時30分を過ぎていた。予定では、この後数箇所まわり、九艘泊で夕日の写真を撮りたいと思っていた。自衛官の方にお礼を述べて大湊を後にしたが、予定に気を取られて大事なことを忘れていた。

この海上自衛隊大湊地方隊の自衛官の方々は、震災の際にその艦艇を率いて私の宮城県を初めとする被災地の救援に駆けつけてくれていた。そのお礼を言うのを忘れていた。「だから予定に縛られて動くのはいやなのだ」とか屁理屈をつけながらも、自分のいい加減な性格を少しだけ反省はした。

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