2012/05/15

 

歴史散策⇒平館台場跡

前日は、「厩石」の後に、国道280号線沿いに、写真が撮影できるぎりぎりまで動き回り、なんとか平館の道の駅までの予定箇所はほぼ回り終えた。道の駅に着いたときにはとっぷりと日は暮れ、その日は道の駅での車中泊となった。

この地は、津軽半島の東岸にあたり、下北半島が間近に見えるはずだった。朝には、下北半島から上る日の出も期待できた。途中仕入れたおにぎりを食し、翌日のルートを考えながら、久方ぶりの開放感と爽快感の中でぐっすり寝入った。

翌日目覚めると、小雨が降っている。期待していた下北半島からの日の出は無理なようだ。それでもまだ薄暗い中海岸に出てみると、松林の中に、妙な塚状や土塁状の地形が見られる。まだ日の出前の薄明かりの中で、松林をぐるっとまわると、標柱がある。「平館台場」とあった。砲台跡だ。それもほぼ完全な形で残っているようだ。朝一番から、予定外のめっけものだ。

なんとか写真撮影ができる明るさになり、すぐに車外に出て説明板を見ると、寛政年間の津軽藩の砲台跡である。偽装の松林をぐるりと囲むように土塁がまわり、塚と見えたのは、その土塁を切った砲口だった。

当時は、ロシアが南進政策をとり、ロシア船が度々日本の近海に出没していた時期で、林子平が「海防論」などを著していた時期に当たる。特に、この津軽海峡近辺はロシア船が多く出没していたと考えられ、ほぼ完全な形で残っているこの「台場跡」は、当時の緊張感を伝えている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です