2012/05/14

 

歴史散策⇒厩石義経寺

津軽半島には、義経北行伝説が多く残る。伝説にはたわいないものも多いが、中には、何らかの史実がその中にはあるのではないかと思わせる伝説も多くある。

この津軽半島は、古代から中世にかけて安東氏が支配し、鎌倉の勢力が入ってくる以前は、平泉藤原氏との関係は良好だったと考えられる。そのような地に、平泉藤原氏滅亡の際に、平泉の正当性をもった人物、あるいは集団が逃れて来たと考えるのはむしろ妥当だろう。また、竜飛岬から見る北海道は、安東氏の持つ操船技術からすればなんなく渡れた地だろう。

十三湊の安東氏旧跡を訪ね、竜飛岬に立ち、義経北行伝説は、何らかの歴史上の事実があったのではないかという思いをあらためて強くした。この地の「厩石」もその義経伝説の一つで、この地の地名「三厩」は、この「厩石」を由来とするものらしい。

この地に来たときは、すでに午後4時を過ぎていた。しかし、この時間でも観光客はそれなりに多く、この厩石をながめ、すぐ近くの「義経寺」に参詣している。多くの方々に、義経北行伝説はその悲劇的武将に対する「判官びいき」として心に響くのだろうが、いずれ遠い将来にでも、それらの伝説に歴史的な光が当たればと思わずにはいられなかった。

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