2012/05/14

 

歴史散策⇒竜飛岬津軽海峡冬景色歌碑

竜飛に到着したときには、午後3時を過ぎていた。青函トンネル記念館を見学し、階段国道399号線、津軽海峡冬景色歌碑と気ぜわしく周った。しかし、幸いなことに五月の光は明るく、6時頃まではなんとか写真を撮ることができるかもしれない。

いよいよ、今回の津軽半島紀行での最遠の地の竜飛岬に立った。その風景は、峠の眺瞰台から眺めた夢のように広がる海とは少し異なり、生々しく広がっていた。岬には灯台が設置されているほかに、日本の防衛の前線基地としてレーダー基地が置かれていた。

手の届くような位置に北海道が広がっている。この岬との間の海は、特定海域であり外国艦船は自由に通過することができ、核兵器を搭載した外国の軍艦や原子力潜水艦も通ることもある軍事上の要衝だ。かつては、この岬には海軍の砲台も置かれており、歴史的に目と鼻の先の海域は、有事の際には最前線となりうる地で、恐らくはこの地のレーダーの情報は24時間誰かが確認しているのだろう。

「ごらんあれが竜飛岬北のはずれと、見知らぬ人が指をさす、息でくもる窓のガラスふいてみたけど、はるかにかすみ 見えるだけ…」津軽海峡冬景色の一節である。まさに北への旅情に溢れた名曲である。しかし、この地は旅情だけではすまない、ピリピリした緊張感も伴っている。

この海峡を挑発的に潜水艦や軍艦を通過させる某国にとって、日本の憲法9条は日本の足かせとして都合の良いものであるだろうし、それらの国が日本の憲法で期待している「信義」に縛られることももちろんない。まして、竜飛岬の日本人の北への旅情など理解できるはずもない。私たちもこの地に立つとき、この地のレーダーの情報を、緊張感を持って注視している方々が居るということを、頭の片隅に入れておく必要があると思った。

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