先日、山形県金山町の方から「比良穂城」についてのご質問をいただいた。あちこち歩いてはいても「比良穂城」にはとんと行き当たったことがなく、質問者が分かっている範囲でキーワードをいただいた。キーワードは、場所的には、山形県金山町朴山付近、嵯峨天皇にゆかりがある、とこの二つだけである。

竜馬山

これを調べるうちに、史実がどうかは別にして、小説家的にパズルが組みあがっていくような楽しみを覚えた。ここに書いていくことは、私のパズルの楽しみ方と思ってご覧いただきたい。

嵯峨天皇の在位は、西暦809年~823年である。この時期に奥羽の地と大和朝廷との関わりでは、坂上田村麻呂が、征夷大将軍として蝦夷を討ってこれを下し、802年に胆沢城、803年に志波城を築いた時期である。嵯峨天皇の時代の城であれば、それは蝦夷に対する大和朝廷の城砦と推測できる。

この坂上田村麻呂の遠征に先立つことおよそ50年前、大野東人が宮城県の色麻柵で6000の大軍を整え、奥羽山脈を越えて金山の「比羅保許山(ひらほこやま)」のふもとに陣取り、この地の蝦夷を恭順させた。そして、多賀城から出羽柵までの道を開き、雄勝柵を造営し、金山町には「平戈(ひらほこ)」の宿駅が置かれたようだ。この「比羅保許山」は、神室山とも竜馬山とも言われているが、宿駅は平地に設けられたと推測され、つまり今の金山町の全域が「平戈」の地と考えられていたはずだ。

山形県金山町

当時の地名を表す漢字には、ほとんど意味はなく、万葉仮名のようにヨミとして使われていたことを考えると、「比羅保許」も「平戈」も同じ地名と考えるのが普通であり、命題の「比良穂城」もこれに通じるものがあり、ここから「比良穂城」は、金山の地の、蝦夷に対する古代の大和朝廷の城砦であると推測できる。

「比良穂城」の築城時期は、恐らくは蝦夷の抵抗が激しくなり、秋田城がその機能の一部を停廃止した803年頃、大和朝廷の前線の城砦として、坂上田村麻呂の勢力により、岩手県の胆沢城、志波城と同時期に築城されたものだろう。

ここで、もう一つの命題の「嵯峨天皇とのゆかり」についても考えて見る。

ここでは、「嵯峨天皇のゆかり」をどう解くかと言うことになる。

52代嵯峨天皇は、桓武天皇の第二皇子で、51代平城天皇の同母弟になる。806年に即位した平城天皇と父の桓武天皇との折り合いは悪かったようで、平城天皇には二人の皇子がいたが、即位の際には、桓武天皇の意向により、嵯峨天皇が皇太子となった。平城天皇は、皇太子時代から藤原薬子と不倫の仲になり、さらに薬子は他の貴族とも通じていたとされ、桓武天皇はこれに怒り、薬子を東宮から追放した。

806年、桓武天皇が崩御し平城天皇が即位すると薬子は戻され、再び平城天皇の寵愛を受けるようになった。薬子の夫の藤原玉縄は九州へ飛ばされ、薬子は兄の藤原仲成とともに政治に介入し専横を極め、兄妹は人々から深く恨まれた。病気がちだった平城天皇は嵯峨天皇に譲位し平城京に移ったが、藤原仲成と薬子は、退位した平城上皇の複権を目的に平城京遷都を謀った。これに対し、嵯峨天皇は薬子の官位を剥奪し、平城上皇は薬子とともに挙兵のために都を逃れる途中、坂上田村麻呂により阻止され、平城上皇は敗北をさとり剃髪し、薬子は自害、藤原仲成は殺された。

これは、いわゆる「薬子の変」の流れであるが、嵯峨天皇と奥羽とのつながりがあるとすれば、征夷大将軍の坂上田村麻呂とのつながりだろう。この「薬子の変」の一連の流れから、暗殺される恐れがあった嵯峨天皇を、桓武天皇の遺志に沿って坂上田村麻呂が、その勢力圏の山形県金山の「比良穂城」に匿ったと推測する。

また嵯峨天皇が身の危険を感じたとすれば、それは父の桓武天皇が崩御した806年から嵯峨天皇の即位の809年までの3年間だろう。当然、平城天皇もすんなりと譲位したわけではないだろうことは想像に難くない。しかし坂上田村麻呂をはじめとした、薬子、藤原仲成の専横を良しとしないものたちが、平城天皇を退位に追い込んだと考えるのが妥当だろう。

このような朝廷内の争いの際には、奥羽の「辺境」の地は、宮廷人の避難の場所として史実として、あるいは伝説として良く出てくる。古くは出羽三山を開いたとされる蜂子皇子、南北朝期に多賀城に下った後村上天皇、は現在定説になっており、伝説としては染殿后藤原明子、護良親王、長慶天皇など挙げれば枚挙にいとまがない。

この「パズル」では、「比良穂城」は、坂上田村麻呂の勢力が築いた蝦夷に対する城砦で、「薬子の変」までの一連の流れの中で、皇太子時代の嵯峨天皇が坂上田村麻呂により保護された城と解いた。もちろん史実としてこれが正しいと言うつもりはない。残念ながら山形県金山町には、これを補強する伝承や、このことに由来する神社や地名などは残ってはいないようだ。質問者から与えられた「山形県金山町朴山の比良穂城」「嵯峨天皇にゆかり」のたった二つのキーワードから、筆者が楽しんだ個人的な「パズル」として収めていただきたい。

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