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古いブログ掲載の取材日記を、雲水流浪シリーズとして動画に直しリニューアルアップしました。

2011/04/05

この日は大震災からまだ1ヶ月もたっていなかったが、定期的な出張の時期になっていた。宮城県、山形県をまわり、最後に福島県をまわった。仕事の話どころではなく、見舞いと鎮魂の旅で、大きな被害を受け、まるで原爆の爆撃を受けたような地域では、時折車を停め手を合わせた。福島の浜通りは、原発事故で入ることもできない情況で、なんともやり切れない旅で、好きな歴史散策どころではなく、それでも、わずかでも「癒し」が欲しくて、被害が比較的小さい会津地方を今回の旅の最後にしていた。

仕事も一通り済んで、この日は、いつもとは違い、猪苗代湖の湖南を通るルートをとっていた。震災の気落ちから、特段の予定は立てておらず、時折北側に猪苗代湖を見ながら、史跡の標識を見ると車を停めながらゆるゆると走った。途中、「舟津公園」の表示を見つけ車を向けた。

どのような公園か、予備知識も何もなかったが、その地域の方々が、国道から見えるところに、旅人のために立ててくれている標識で、その「舟津公園」には、この地域の方々の思いがこもっているのだろうと思った。途中、「日本一観音堂」なども見つけ参詣し、公園に着いた。公園は、駐車場が整備されているだけ、ありがちな遊具やキャンプ場や研修施設が整備されているわけではなかった。

そこには松林があり、茅野があり、その先には広々と広がる猪苗代湖と、それらを見守るように磐梯山が流麗な姿を見せていた。公園の案内板で、この地域の自慢の場所をまわってみることにした。この近くに、「藩境大松」と、弘法大師の伝説を持った「鬼沼」があるようだ。

この地は、観光地としての猪苗代湖のルートからは外れており、恐らくは、夏の湖水浴の時期に周辺地域の客で少しにぎわうのだろう。観光客に媚びるようなものは何もない。湖水の上を吹く風はまだ少し冷たく岸の茅野をゆらしている。対岸の磐梯山から湧き出したような青空は、その色を湖水に映し、見る者の心を染めていくようだ。

舟津公園の案内板で見当をつけて鬼沼に向かった。しかし、今回の地震のせいだろうか、県道は通行止めでかなりの量の残雪もあり歩いて行くことも出来ない。あきらめて、大回りして「藩領境大松」に向かった。県道を大回りし、なんとか湖岸への道を見つけたが、大松の標示も特に無い。道は細くなり、人も通ることもまれなようで、道路上の残雪も次第に多くなっていく。

心細い思いでさらに進むと、ようやく湖岸に出て、その先に件の大松があった。古木ながら樹勢は旺盛で、磐梯山を指し示すように太い枝を湖上にまで伸ばしている。北岸からの猪苗代湖とは異なり、南岸のこの地からの湖は、透明な明るさに満ち溢れている。この地の人たちは、この贅沢な光に満ち溢れた湖の景色を、生活の一部としているのだろう。ことさら「観光」に資するものとは考えていないようで、そのことにえらく感動した。湖上を白鳥の群れが西へ向かって幾度となく飛んでいく。

しばらくこの景色に浸っていたが、ふと思った、この白鳥の群れは鬼沼から来ているのではないか、県道は通行止めになっていたが、このまま東へ向かえば鬼沼に辿り着けるのではないかと。先を見れば、明るい日差しの中、道路上には残雪が多くあり、人が通っている形跡はまるでない、それでも、いつものように好奇心のほうがまさった。「ままよ」、エンジンをかけ、そろそろと残雪の道を進み始めた。

通行止めの箇所が、鬼沼のこちら側なのか、あちら側なのかはわからない。後で地図を見たのだが、わずか600mほどの距離だったが、えらく長く感じた。それでも緩やかな残雪の上り道を上り切ると、そこは鬼沼の西の突端だった。眼下には葦原が広がり、入り江状の水面には白鳥の群れが集い、時折群れが飛び立つ。
東側から砂州が延び、それが弘法大師の伝説の橋をかけようとした跡なのだろうと思いながら、撮影ポイントを探しながら沼の東へ回り込んだ。

沼の南側には、それなりの平地もあるのだが、誰も住んではいないようだ。東側は、沼を見下ろせる高台になっているが、深く残雪におおわれており、坂の下からエンジンをふかし、上れるところまで車で一気に上り、あとは歩いて高台まで上った。
高台に上り、鬼沼を見下ろすと、沼の東側から、天の橋立状に長く砂州が延び、あと少しのところで岸と離れている。これが弘法大師が一夜でかけようとして果たせなかった「橋」なのだろう。この独特のロケーションは、単調になりがちな猪苗代湖の湖岸を変化に富んだものにしている。

この絶景は、数ある湖岸の風景の中でも屈指のものだろう。にもかかわらず、この大きな風景の中にいるのは自分一人だ。それどころか、途中の残雪にはわだちもなければ足跡もなかった。もしかすると、冬の訪れからこの方、この地を訪れたものは誰もいなかったのかも知れない。
眼下の水面には白鳥が群れ、時折群れを成して水面を蹴りながら東に飛び発ち、大きくターンして湖面をすべるように西に飛び去って行く。北に広がる湖面は際立った空の青さを映し、白い磐梯山を浮かべている。空気は透き通り、朝の明るさはそのまま磐梯山を駆け上がり、天頂に達しているかのようだ。夢中になってシャッターを切った。

この美しい風景の中に、震災の爪あとはどこにもなかった。大自然は、私たちにこのような至福の時を与えてくれる。しかし同時に、大きな災害ももたらし、この時期、被災地では多くの方々が呻吟している。また、もしかすると、この透明な明るさの中に、いずれは原発の放射能が運ばれてくるのかも知れない。
この地の透き通るような明るさの中で、静かなこの地が、愚かで傲慢な人間の手で荒らされることが無いように、祈らないではおられなかった。

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